深圳に行っても、ちっともキラキラしないのが「姉御の一人旅ガイド」なのである。I was born this way……仕方があるまい。
泊まったフェアフィールド宝安は海岸城というモールの上にあったけど、確かに海っぽいものがチラッと見えないわけではなかった。ホテルのエリアは「沙井」っぽい。馬安山駅の通る11号線は次の駅が「沙井」駅。中国語の「沙」は日本語では「砂」の方が近いんだと思う。砂の井戸か、いかにも海沿いですわね。と思いながら見てると、12号線側に「沙井古墟」という駅があって、なーんかビンビン来たわけです。
よく言うじゃないですか。「深圳は、鄧小平の改革開放が始まるまでは漁村に過ぎなかった」と。本当は深圳博物館新館(歴史民俗館)に行きたかったんだけど、この日の夕方に帰国便なんだよ。ホテルから博物館までスムーズに行っても1時間とちょい。見知らぬ土地で脇道に入りたい俺さまにかかったら1時間半だな……時間がないと思って焦っちゃうから1時間か……3時間かけて1時間博物館か……博物館では3時間から4時間は取りたいのにね。とスケジュール的に微妙。と思ったら爪は割れるし、朝食後2時間はトイレに駆け込む日課なのだが、おっとまだ出られぬぞ、みたいなことになる。
ということで、ホテルから11号線から12号線に乗り換えて沙井古墟駅まで行ってみました。11号線は馬安山駅の周辺は高架になってるので、上から見るのも面白かったんだけど、残念ながら12号線は地下鉄だったんだよな。ちぇ。
沙井古墟駅周辺
沙井古墟=shā jǐng gǔ xū
駅でどこから上がれば……と思ったら、「蚝」とか「博物館」と書いてある出口があって、ビンビンくる方向に向かったわけです。蚝というのは虫ではなく貝だろうな、と踏める程度の中国語の知識はあるのだ。シーフードに興味のない俺はわざわざ辞書を引かなかったけど、駅の案内表示にはoysterと訳してあった。牡蠣か。12号線の駅名にはこの文字が使われてるのが結構あったけど、牡蠣の産地なのね。
現代漢語詞典によると「墟」というのは、日本語同様に「廃墟」の「墟」だったから、遺跡?と思ってたんだけど、広東語の用法なんでしょうかね。駅は「古墟」部分をAncient Marketと訳してた。
上がってみたら。おおおおおおーっ!予想以上にっ!
どう見たって再開発前のエリアじゃないですか。改革開放前の建物も多そうだし、しかも人が生活している。つまり、生きてる街!!!!ふぉぉ!テンション爆上げです。
馬安山駅の周辺も、廃屋になってたんだけど↓
三階建てから五階建てくらいの、日本で言うところの「団地」っぽい廃屋で。あっちはおそらく改革開放後のものなんでしょう。
それに対して、ここ沙井古墟駅周辺はおそらく改革開放前のものではなかろうかと思うの。いや、知らんよ?とにかく、地震があまりないところはいいわね、なコンクリートブロックやレンガを使って積み上げましたっぽいDIY風な家とか。青っぽい中国の伝統的なレンガではなく、茶色いレンガは戦前まで遡らないのではないかと思うけれど、これまた「知らんけど」
気温と湿度が高いから、建物の外装の劣化が早いんだよね。それでぼろっちく見えるけど、実際にはそこまで古い建物ではないということは、香港や台北では結構ある。香港のお隣の深圳も同様でしょうね。深圳だからそんなことはなかろうと思うけど、中国の農村DIY動画なんて、日干しレンガの壁だからね。築40年のボロ家って、80年代の家かよ!という世界。
深圳博物館(古代芸術館)周辺で近代的な騎楼めいたものを見て、お隣の香港よりも台湾に似てるわね、と思ったんだけど、沙井古墟駅周辺で思い出したのは、香港の漁村みたいなところとか、マカオですよ。香港人に天水圍に連れて行ってもらったり、九龍城塞跡に連れて行ってもらったりした前後に連れて行ってもらってるんだけど、記事にはしてないな。マカオも半島の側だったと思うけど、記事にはしてない。
台湾なら、淡水の淡江高中の周辺とか。ヴォランド・ウーライの周辺とか、なくはないんだが、記事にしても写真のアップはしてない。ただ、通じる人には通じると思うのだよ。
このエリアに関しても、おそらく今後再開発の予定があるのでは?と私は思ったんだよね。不動産会社のデフォルトの話が上がってるから、実際にできるかどうかはわかりませんけど。とにかくさ、一番上の写真には、道路の中央分離帯のところの柵があるでしょう。この「道路」は、この先、右側でぐっと狭くなってしまい、生活道路としては使われているけれど、この中央分離帯があるような大通りではない。それでここの部分は駐車場・駐輪場と化してた。バス停も作ってあったけど、多分まだバス停としては使われてないんじゃないかと思う。
そして、私が立ってる側↓だから入っては行けないところではないと理解したのだ。実際に香港人っぽいおばちゃんたちも歩いて行ってたからね。
配色で「なんとか衛門」という単語が浮かんだんだが、えーと、なんでしたっけ(すっとぼけ
で、いかにもいかにも仮設でしょう。奥に建物が残っているようには見えなかったけれど、更地になってるか、更地手前で瓦礫が少し残ってて、みたいな状態なんじゃないかなあ。
人が住んでるエリア
この先にあるのは、まだ生きてる状態の古いエリアで、本当に見てて良いものだった。
手すりの飾り。高くはないんだろうけど、透かし窓的な装飾が作ってあって。「うちの牡蠣は新鮮です!」な牡蠣の問屋なんだろうお店に、廟。廟の扉は半開きだけど、私の「廟」ではないから開けないし、中も見ない。ただ、「無事に帰れますように」とだけを祈った。海岸の近くなら媽祖廟・天后廟があってもいいと思うけれど、私が見たところは、そうではないみたい。
お太りさまの私にはかなり狭く感じる塀と塀の間。片方の塀は青色のペンキで塗られてなんかイラストもあるけど、悪夢のようにわけがわからない。えーと、「ぼく〇〇衛門」?「アンアンアン、とっても大好き🎶」そこから抜け出て、もう春節の休みに入ってるっぽい幼稚園らしきものはしずまりかえってる。幼稚園の建物はさすがに改革開放前のものではないと思う。
店頭で肉をさばき、肉を吊るして売ってる店。牡蠣の村みたいだけど、そこまで牡蠣を食べてるわけでもないみたいだし、牡蠣料理を出してる店がならぶわけでもない。生活のためのお店。野菜売りのスタンドというか屋台というか、ミニトラックというか。もう閉じてるだろう、何かの部品を売ってたっぽいお店があって、奥には商店ではなさそうな、おそらく住宅だろうところが並ぶ。洗濯物が見えるので人が住んでるのがわかる。狭い路地の奥から2ケツの原チャが出てきて、夫婦なのかな。後に座ってるまだ20代かなと思う女の人が、私を奇妙そうに見て過ぎ去る……
おそらく近々失われるだろうとして記録のために撮影したけど、出しません。それは、生活する人に対する、尊厳や敬意の問題。テキストとしても、上記以上のものは出さない。
駅を上って出たところから見える部分は、ネット上に上げられても仕方がなくない?と思うけど、その奥に入り込んだところは、ねえ。見たいなら、行けばいいのよ。日本からANAが直行便を出してるし、今回の私も二泊三日。
通じる?通じない?何度も繰り返し書いた方が良さそうだね。反対にひっくり返してあげよう。
「東京で日本人が電車でキッシュみたいになってて笑った」「マンションって言うけどさ、どう見ても鳩小屋でショック」「沿線上にちっちゃい犬小屋が並んでるなって思ったんだけど、人間の住む家とはとても思えなくて」「あ!こっちは庭付きのウサギ小屋かなwwwかっわいーい」みたいなことにはされたくないのだ。
実際に港女は私の家を「わあ!本物ののび太くんhouse!」と言うからね。
再開発について
沙井古墟駅の周辺も、再開発したらさ。深圳のみならず他の中国の都市と大した違いのないものになるのでしょうね。地下鉄の駅も近いし、馬安山の海岸城みたいな、大規模なモールと、その上のマンション&ホテル、みたいなことになっても驚かない。12号線は机场东駅で、今の深圳空港T3には一本では乗り入れられないけど、福永駅で11号線に乗り換えれば良いので、ホテルニーズがゼロではないだろうし。
とにかくさ、そういうunificatedとかmanufactured、日本語で言えば、なんだろう、画一化というか。ペンキで塗りつぶしたような、個性のなさ、そういう都市は観光して見どころがあるとは思わない。ただし、観光客が先か、住人が先かと言うと、そりゃあ、住人の生活が先でしょう。
考えてみればわかるよ。見るには面白いは面白いけれど、あの建物での生活は、かなり厳しいものがあると思うよ。このときは2月で、湿度も低く気温も上がってもせいぜい25度くらいです。真冬の隙間風の心配はいらない地域けど、3月中旬から11月くらいまでは30度を越すエリアだからね。香港と変わらないなら、大気汚染と湿度で真夏の太陽の日差しは瀬戸内沿岸よりもはるかに柔らかいけど、湿度はもっと高い。そして、風通しの悪そうな細すぎる路地。エアコンの室外機もあまり見かけなかった。
そういうところが再開発されて、個性的なデザインという名前の個性のない建物が立てば、観光客目線では大変残念です。それはそう。思うことはあるし、書いてたんだけど、半分以下にカットカット。それが自主検閲かといえばその通り。
歩くに歩けぬ地図
さて、深圳に話は戻すけど、駅のところにはこんな地図があった。
なんじゃこりゃ。これで歩けるかいなwww
結局40分くらいのんびりと歩いて、20分くらいで沙井古墟駅に戻り。バスで25分くらいかけて11号線の沙井駅に行って11号線で隣の馬安山駅に行きました。バスから見えたエリアは、ちょっと古い感じだけど個性のない「中国の都市」で、改革開放前の建物ではなかろうかと思われるようなものは見当たらなかった。それこそ、「つまんね」って言いそうな。
なので、前日の路線バスの旅でも、裏にはああいう……いや、南山だし。ないだろうな。
そーそー、沙井古墟駅でバスを待ってたら、走ってきた原チャが「小姐どこ行くん?」と叫ぶので「公車がもうすぐ来るんや!」と普通話で叫び返したけどさ。その前に、原チャ、おそらく電動原チャなんだけど、2ケツで走ってきてたのよ。運転手の足元に機内持ち込みサイズではなさそうなスーツケースを置いて、後部座席の若い女の子はヘルメットも被ってない。
ようやく聞こえた広東語
広東語リスニングはできないけど、俺さまには普通話と広東語が別の言語として聞こえる。俺さまはその程度なら違いのわかる女なのだよ。
深圳は広東語よりも普通話の方が通じる、みんな他所から来た人だから、というのは、私の二泊三日でも本当だった。本当に普通話ばっかり聞こえる。その普通話のバリエーションは多かったけど。
ただし、この周辺だけは別です。広東語が聞こえた。
沙井古墟駅に上がったところで、大声で喋る、早足のトレッキングに行くような格好をしたおばちゃんたちに追い抜かれた。日本人の目には50オーバーに見えたけど、中国人も香港人も35歳以降は、ものすごく老けて見えるので、私よりも年下でも驚かない。香港人なんて30歳くらいまでは童顔なのだが。港女たちも、その間に何があったのか?と言うくらい老けたからねえ。
なぜ香港が出てくるかと言うと、おばちゃんたち、sの音をシャシシュシェショにする広東語を喋ってた。2025年ではなくてそのうんと前、初めての中国は香港から今は亡き九広列車で香港から広州往復したの。香港に帰ってきて、sの音が違うのにはっきりと気づいた。で、あのおばちゃんたちは早足だったし、香港人だったのではなかろうかと思ったんですよ。よく言う香港人の特徴が、「早足」だしね。
奥に俺がトロトロと入っていくと、明らかな他所者だから口をつぐみがちじゃないですか。だからあまり話してるのは聞けてないのは仕方がない。
ここ以外で広東語を聞いたのは、地下鉄のアナウンスだもん。
清平古墟影视小镇
こっちは行ってないんだけど、観光鎮っぽい模様です。百度にはあまり写真が上がってない。最近日本からのアクセスだとわざとなのか、嫌な気分になるものを出してくるから中国のSNSを見てないんだよね。だから調べてない。そういうとこだぞ、中国。中国に何度も行く人(俺さま)に反中感情を抱かせるのはイメージ戦略として大失敗。推し情報もIGメインだもん。
ただし、「清平古墟」では少し古い情報が日本語でも上がってる。本来の「沙井古墟」とは沙井古墟駅周辺ではなく、桥头村の「沙井清平古墟」なんでしょう。
https://baike.baidu.com/item/清平古墟影视小镇/61160202
リンクを貼っても見ないでしょ。知ってるよ。なので、上の記事から百度の地図部分をスクショして貼り付けた↓
これでわかるよね、私が降りた12号線の沙井古墟駅と、私が乗った11号線の沙井駅。そして、百度の記事の言ってる清平古墟影视小镇の場所。
こっちだったら、ほぼ死んだ街として安心して撮影してアップできたと思うのだが。私の心は踊らないので行かなかったのだ。
繰り返すけど、生きてる古い街を見たいなら、さっさと行けば良いのさ。ANAが深圳には直行便を出してるし、二泊三日で十分いける。

