宇陀:女人高野・室生寺 [2020年10月 Go To奈良] | 姉御の一人旅ガイド
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宇陀:女人高野・室生寺 [2020年10月 Go To奈良]

観光業界を守るために、国内旅行をしましょうと言われても逡巡してしまう体力の持ち主ですが、ここまで安くなると行っちゃう。⇒愛用してるJALダイナミックパッケージは航空券+ホテルの組み合わせ。

旅行する場合には、自分が無症状感染者であるという前提で行動するべきかな。撒き散らさない・感染しないようにする努力を続けて自分を、そして誰かを守りましょ。

こちらもどうぞ⇒コロナの時代の、持ち物リスト

ホテルに荷物を置きました。

今日は天気が良いので山へ。ということで、まずは遠方の室生寺(むろうじ)です。大和八木駅から名張行きの急行に乗って、室生口大野。ここからバスで十五分程度で室生寺です。詳しい行き方は長谷寺と合わせて別の記事にするよ。

室生寺 赤い橋を渡る

待てば人のいない綺麗な絵が撮れたと思うんだけど、ご一行が動く気配がない。駅に戻るバスの本数が少ないとくると、結構焦っちゃうのね。ということで、黒塗り。帰りは足がそれどころではなかった。ガクガク。

実は今回のGo To奈良。正倉院とどこにしようかの、一番初めに名前をあげたのは高野山。奈良市と高野山かあ。結構な距離があるなあ。ということで吉野にするかと思いつつも、明日香2daysにしたからさ。行ける距離なら、女人高野の一つ、室生寺は行っとかないと。

室生寺 女人高野

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Kkday 【台北大稻埕(ダーダオチェン)】台湾茶文化体験

もちろん、完全にわかるわけではないけれども、今後お茶屋さんで選ぶときに名前を見たらそれなりに味の見当がつきそう。
⇒台北:若き四代目の台湾のお茶教室。日本語で受けられるよ!

——————————引き続き「姉御の一人旅ガイド」をお楽しみください。

お手洗いを使うなら、室生寺の宝物殿の前

宝物殿には国宝の十一面観音像など、いくつかの仏像などがありました。十二神将は愉快よね。奥が宝物殿。

室生寺 宝物館

宝物殿は入れ替え制ですが、あまりたくさんあるわけではないから、まったりしないと思う。これからの紅葉シーズンはもっと増えるかなあ。ただ、それなりにいろいろ回ってる姉さん。基準が興福寺になりかけててさ。「え。これだけ?」になっちゃう。しかし、ここは興福寺ではない。山寺なんだ。山寺!

ここは、お手洗いがきれいだったので、使うべき。室生口大野駅はぼっとん。下のバス乗り場は水洗かなー、という感じでした。田舎というよりも山間部できれいなお手洗いを見つけられることはほとんどない。

山寺を、甘く見るでない

この日の計画は、室生寺と長谷寺のハシゴです。近鉄線上にあるから、この二つはハシゴするに限るんですけれどもねえ。

仁王門で、阿吽が言っている。「なめんなよ」と。

室生寺 仁王門

姉さんがどう考えていたかというと、ここにいろんな建物があるんだと思ってたの。姉さん的には、この入り口は十分山の中だから。

じゃん!鎧坂です。

室生寺 鎧坂

えー!さあ!鞄の中から〜サルタノールを〜取り出して〜、準備体操用意(スーっ)。(注 私は主治医より、運動する前にサルタノールという気管支拡張剤を用いるようにと言われています。喘息の皆さんは、是非主治医さんと相談なさってね!)

途中休みながら登りました。

金堂

階段を上った先。目の前に、金堂(国宝)ドーン。平安前期の建物です。

室生寺 金堂

このお寺ね。真言宗のお寺ではあるけれど、今回「飛鳥・白鳳」で訪れるにふさわしい。上にも書いたけれど、もともとは天武天皇時代に役行者が開いたんだもの。その後に空海さんがやってくる。空海さんもわけのわからないところがある人だけど、役行者はその上を行くからね。

平安前期ということは、ひょっとして空海さんの時代の建物ではなかろうかと思うんだけど、どうでしょうね。

なんかさ、なんかさ、修行してます!ってのにふさわしい建物じゃないですか。

室生寺 金堂の屋根

ただしかし、寄ってみればもとは朱塗りの建物だったことがわかる。わびさびの世界というよりは、カラフルな世界の建物よ。平安時代前期の建物ならば、そら派手でしょうよ。平安時代は長いけれど、平安時代初期の仏教寺院の色ならば、京都のお寺よりもむしろ奈良の薬師寺や興福寺が必死になって天平時代を再現しようとしてるから、そっちを見たほうが良い。もう、カラフル。

隣に弥勒堂があるけれど、よれよれすぎてこうなっちゃった。

室生寺 弥勒堂

この段階でどれだけ私がよれよれになってたかわかってもらえると思う。

弥勒堂は、鎌倉前期の建物だそうな。確かに鎌倉時代っぽいわーってうなずいたのよ。

上の金堂とこの弥勒堂と、屋根の形が違うのにお気づきですか。弥勒堂の屋根の形は入母屋造りという、東アジア特有の建築様式です。屋根のてっぺん(主棟)の長さと、軒の長さが違うのね。これ、古くからのヨーロッパ建築(木造の建物もないわけではないし、屋根は木の板で拭くこともある)では見られない構造です。そりゃ、新しい建物にはあるかもしれないけれど。

京都や奈良のお寺は鎌倉時代に一度大規模な修繕を行ってるところがいくつもあるけれど、そのときに元はストンとしていた屋根でも、入母屋造りにしているところもいくつかあって、代表例が唐招提寺。なんか鎌倉時代の建築・改造というと入母屋造りって思いこんじゃうようになってしまった。

しかしながら、目の前にはまだ階段がある。マジで!?!?

本堂(国宝)

頑張ってー行きましょー。

室生寺 本堂と青紅葉

本堂です。これはほぼ無修正の撮って出しですが、悪くなかろ?

ここは灌頂を行うところ。どういう方法(というかレベル)でなさるのかしら。真言宗ですし、曼荼羅に華を投げるレベルではなくて、修行の最終段階、阿闍梨になるときの灌頂でしょうかね。いや、でも華を投げて結縁するための曼陀羅をどこかで見てるよ。元興寺かしら。今回宝物殿に入ったのは、元興寺・室生寺に、奈良に行ったら行きますわな、興福寺。あれ?この後に行った長谷寺はヨレヨレになりすぎていろいろしくじったんだけど、宝物殿に入った記憶がないんだな。

室生寺 本堂の屋根

こちらもまた入母屋造りです。そうです、鎌倉時代の建物よ。こうやって、鎌倉時代の建物は入母屋造りという私の思い込みが強化されていく。

五重塔(国宝)

本堂の左側に見えるのが五重塔。

室生寺 五重塔を見る

 国宝の五重塔は五重塔としては小ぶりよ。屋外の五重塔としては最も小さいという話。外にあるから小さく見えるだろうけれど、元興寺の五重塔(屋内のもの)よりは大きいと思う。

上から。階段を上ったのよ。

室生寺 五重塔

金堂・本堂とは違って、なんか新しい感じがするけれど、これは奈良時代末期のものです。新しい感じがするのは、台風で被害を受けたことがあってね。それを修繕したから。古さという点では、元興寺の、屋内にある小さな五重塔の方が古いのかしら。いずれにせよ、屋外にあるものとしては、法隆寺の五重塔に次ぐ、古い古いものです。

奈良時代は天武天皇系の天皇(とはいいつつ、持統・元明は天智天皇の娘たちですが)の時代といっても変じゃないと思う。天武天皇系の天皇さんについてはこっちに詳しく書いた。⇒明日香:文武天皇陵と高松塚古墳

天武系最後の称徳天皇の次、天智天皇の孫の光仁天皇の時代のこと。ある親王が病気になり高僧がこの地で祈願すると親王の病気が癒えたので、ここに寺を開く勅命が、というもの。その時代のものだというので、奈良時代も末期ですね。この「ある親王」こそが、後に平安京に遷都する桓武天皇。

天武天皇時代の役行者が開いたという場所はもっと奥かなと。その次にこの場所に光仁天皇から桓武天皇時代の五重塔。

空海さんは確かに桓武天皇の時代に唐に渡るけれど、空海さんの活躍は帰国後。唐から帰国したのは806年。同じ年に桓武天皇は亡くなってて、時の天皇は平城天皇で空海さんは太宰府に足止めをくらいます。809年に嵯峨天皇が即位してからようやく空海さんは入京。室生寺はその後のことだろうからさ。すでにあった五重塔よりも低いところに金堂・本堂を置いたのかしらね。

奥の院を諦める

ならば、奥の院まで行かねば。と一生懸命登ったの。それで、五重塔を上の方から撮影できたというわけ。

しかしながら目の前にこんなのが広がってくる。

室生寺 奥の院へ

もう、この時点で足はプルプルしてるし、帰りは手すりが欲しいような状態よ。足に自信がないし、この後長谷寺も行きたいから諦めました。実際に、私、本堂から金堂へ、金堂から下へとくだるときに手すりを使ってますからね。

残念。そりゃ、役行者は修験道の開祖ということになってるじゃない。姉さんには追いかけるのは無理です。

いやさ、今回は後に藤原京から飛鳥まで歩くのだけど、その後だったら「やるか!」と思えたかなあ。…きっと無理だわ。

神社仏閣巡り&遺跡巡りをするなら、足腰が立つうちに、ってこれ鉄則。呼吸器にも問題があるからね、私。あと私に何年残ってるかしら。

女人高野 室生寺

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