唐の皇宮は三つあり、興慶宮は玄宗時代に政務が行われたところです。玄宗時代なので、阿倍仲麻呂や吉備真備はここを訪れている。知らんけど。
兴庆宫 xīng qìng gōng
そこが、今は公園になってます。地下鉄の、「西安交通大学・興慶宮」という駅から近い。入るときに特に手荷物検査などはないけれど、ゲートがあるタイプの公園です。

コスプレイヤーとカメラマンが結構多かった。
中にはおじいさんとおばあさんもいた。どうも娘が両親にさせてるっぽい雰囲気で、おじいさんもおばあさんやる気がなく。お姫さまがずーっと姿勢などにイチャモンつけてたのがおかしかった。
勤政務本楼の遺跡。基壇部分なんですかね。この興慶宮で一番重要な建物だったと書かれていた。

ここにもいずれ復元された建物が建つのかな。
ふらふらと歩いて、西安ってかなり寒暖差がキツい街みたいだと思ったんだけど、街中は街路樹が育ってて、こういう公園もあって、案外緑が多いなあと思ったの。

いろんな建物が建ってるけど、池の形など含めてどこまで考証が正しいかなどは不明と思ったけど、百度を見るとそれなりに考証してあるっぽいですね。
対岸の建物は、「太子妃ラプソディ」の韓国リメイク、「哲仁王后」の池と建物みたいだなあと思ったの。韓国ドラマは結構王宮を使ってるんで、あれも王宮のところの池の一つではないかなと思うけど。ソウルに行ったときに青緑色をよく使うんだねって思ったのよね。西安でも同じ色を使ってる(再建などの)建物が多い。日本にもあったのかしら。

なんか三重の塔みたいなのがあるけど、日本のお寺のような仏舎利塔ではないんだろうね。

と、この辺りでブルっときてしまって。外が寒いから厚着するじゃん。ところが汗をかいてねえ…中が冷えびえとしちゃって。風邪を引いたら大変。
阿倍仲麻呂碑は見られなかった。今回の目標は、三笠の山に思いを馳せるような真似をしないことだから、正しい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/興慶宮
https://baike.baidu.com/item/兴庆宫/1669636
そういえば。玄宗が大明宮であまり生活をしなかった理由は、韋后に対するクーデターを起こしてるからでしょうか。これもまた玄武門なんだけど、これは大明宮だと考えてる。(玄宗が直接即位したのではなく、先に父親の懿宗を復位させてる)
一方、いわゆる「玄武門の変」の玄武門は、太極宮の玄武門で、太宗が兄と弟を殺したクーデターなんですね。直後に李世民は父親の高祖(李淵)から禅譲を受けて即位。
李淵は太極宮を嫌ったので、李世民は後の大明宮の元になる宮殿を建ててやる。貞観政要を読んでると、何度も「新しい宮を作ろうと資材を用意したのだが、民を思って建設しない(=太宗は煬帝とは違うよーん)」みたいな発言が太宗からも臣下からもあるんですよ。「朕の病気にはこの湿度の多い場所はよくないのだが、」とか言いながらずっと李淵没後も太宗は主に太極宮にいる。さすがの李世民にも兄弟殺しは相当堪えることだったっぽいんだけど、主に太極宮にいる。
なんかさ、途中までは結構いい線行ってた玄宗なんだけど、結局ひいおじいちゃんの李世民に及ばないのがそういうところかな。李世民も李世民で、なんでよりによってそいつ(高宗)を後継者にするんだよ、と思うけど。高宗と、玄宗の息子の粛宗なら、親父さんのおかげで安定してたし、妻がめっちゃ有能だった高宗時代の方が遥かにいいわけですよ。高句麗滅亡も白村江も高宗時代だし。親父さんのせいで起きた安史の乱の後始末をしなければならず、ほぼ過労死では?と思われる粛宗と、高宗を比べると、粛宗の方が有能そうだけど、粛宗は粛宗で宦官……と、唐の終わりが見え始める。やはり、尭の子尭ならず、尭舜の子に聖人なしだわ……と思いました。




