南京:中国科挙博物館(中国科举博物馆)は試験会場の跡地にある [2026年3月 南京旅行]

姉御の一人旅ガイドは、Amazonアソシエイト・楽天アフィリエイトをはじめとした各種アフィリエイトサービスの適格販売者として収入を得ています。全ページにアフィリエイトコードが一つ以上あります。アフィリエイト収入は次回の旅行の原資や、執筆環境の改善資金として、読者に還元されます。商品・サービスを提供していただいた場合には、タイトルに[モニター]が入ります。

旅行する場合には、まだしばらく撒き散らさない・感染しないようにする努力を続けて、自分を、そして誰かを守りましょ。

こちらもどうぞ⇒新しい時代の、海外旅行・国内旅行持ち物リスト(エッセンシャル版)

私は国内旅行はもっぱら楽天トラベルで予約してる。
クーポンが出てる日本のホテルを、楽天トラベルで見てみない?

一方海外旅行ではホテルは大抵agodaで予約してる。今のところ問題ないんだけどなあ。
agoda.comのクーポンを使って世界のホテルをお得に予約する?

参考にしてくれるのは嬉しいけれど、すぐ右下にある、書いた年・最終アップデートの日付は要チェック!

スポンサーリンク

この日は雨。屋外施設は無理だけど、博物館デーには大きな問題ではない。といっても、南京は主な博物館が地下鉄の駅から結構歩くので、雨だから博物館、というわけにもいかないんだけどね。まずは科挙博物館へ。

江南貢院 jiāng nán gōng yuán のあった場所です。

休みなしで、月曜日もやってる、南京では得難い博物館の一つです。50元。

科挙博物館

撮影ポイントの後ろ側も入れます。

ここは六朝博物館に並ぶ見やすさ。そして解説もそれなりに充実してた。

広告—————————-

ahamoほんと楽。「ローミングをオン」にしておくだけで、海外の空港に着いたらデータ通信を始める。30GBの契約そのまま使えるから、特別な契約はいらないしのでほんとシームレスな海外旅行ができるよ!SIMに詳しくない人こそ、ahamo。 >>ahamo 詳しくは⇒ahamoは海外(含中国)でもシームレスにネットに繋げる!圧倒的に楽!面倒が減る! 

——————————引き続き「姉御の一人旅ガイド」をお楽しみください。

江南貢院

元々は宋代に建てられた科挙の試験会場です。↓みたいな、ボックスがあった。

科挙博物館

ここで受けるんか……結構狭そうよ。

科挙は、隋唐時代には二段階、宋からは三段階ある。南京が首都ではない、清では江南貢院で受験したのは、二段階目なんだろうな。

最終的に江南は、最終試験の合格者総数が最大になるんですが、ここで受験して最終試験まで合格した人で、日本でも有名な人は、李鴻章。日本人には、日清戦争のときの下関条約の人ですね。李鴻章の話は、また下で。

博物館

博物館部分は地下に入って、上に上がって降りて、みたいな感じ↓

科挙博物館

ちっちゃくちっちゃく梲(うだつ)で区切ってあるように見える部分は博物館だと思う。下に受験ブースのようなもの(元は受験ブースだったのではないかと思う)がつくってあるし。いまいちよくわからんけど。と、とにかく、地下に降りるんだけど、ここがもう、おしゃれ。

南京って街並みなどがかなり野暮ったいんだけど、ここは降りるところがこれよ。

科挙博物館

↓中国の古装ドラマを見慣れてる人はわかるよね。竹簡を束ねて「巻」にしたやつ。

科挙博物館

いやもう、ふわぁぁぁってなるね。

そしてこっち。青海波みたいになってるのは、瓦なんですよ。中国の農村DIY動画などを見るとわかるけど、中国では80年代でも瓦がこういう感じ。

科挙博物館

確かに、中華人民共和国以前でもいろんな標語があったか、そうかwwwこれは、官吏の標語だけど、滅満興漢・王政復古が太平天国。中体西用が洋務運動。扶清滅洋が義和団事件。

中に入ると、吹き抜け+売店になってて売り子さんは寒そうだった。

高温多湿な上に冬は氷点下まで下がる場所に向いた建て方かというと、違いそうだけど。雨の日は客が濡れるし。濡れた客が「博物館」に??全てが全てケースに入っているわけではないのよ……レプリカばかりではないのだが。そういう、なんかズレたところが南京っぽさ。

中にも途中でいきなり売店フロア兼展示になって、売り子さんが話しかけてくる、みたいな、微妙な演出もあった。

科挙の始まりは、隋

科挙に至るまでの人材登用の苦労の話は多少。オープニングが曹操!劉備と諸葛亮の三顧の礼もあった。

科挙博物館

そこは孫権じゃないのかいwwwまあ、呉は豪族連合体的なところがあるよね。魏はきちんと官僚組織が動いてて。蜀はすべて諸葛亮が巻き取らねばならないっぽさがある。偏見です。

↓は隋の、青瓷の足つきの硯。

科挙博物館

↓は唐の油灯

科挙博物館

大型の博物館で出てくる油灯ってさ、お墓から出てくる大きなものとか、煙が出ないようにしてあるランプとかが結構あるじゃない。

そういうものではないからさ。なんか、普通の書生が使ってそうな雰囲気があるじゃないの。

武挙(武科挙)

官僚だけではなく、軍にも武科挙(武挙)というものがあるんです。

科挙博物館

↓を持ち上げて……すご。

科挙博物館

清の科挙

上についてるのが、合格者の証。

科挙博物館

答案が何枚かあったんだけどね。状元↓の会試の答案。手書きですよ。

科挙博物館

中国のいろんな文書って、楷書で残ってるから読みやすいよね。唐の太宗(李世民)は楷書で書かせるようにしたからさ。本人は行書を好んだようだけど、読みやすさとしては楷書よね。さすがだよ、あの人は。さて、清に至って、科挙の答案は、館閣体と呼ばれる楷書フォントを用いる、と。これが書けるようにならないと合格できんのか……

科挙博物館

↓は、上の状元(首位合格者)の答案ではないんだけどね。裏に評価が書かれるんですって!

科挙博物館

ほんとさあ。つらいよね、こんなのが残されてて、展示されちゃうのって。

合格者成績まで残ってます。レプリカだったけど。いつの?↓第三十六名李鴻章 安徽合肥県人 李鴻章が合格したときのものです。

科挙博物館

必ずしも状元が名前を残すとは限らない。でもね、↑見たら結構地域がばらけてるんですよ。雲南や貴州からも合格者が出てる。ペーパー試験って結構フェア。

中国の歴代王朝は、統一後は伝統的に、軍を文民統制するんですよ。意外?いや、そうしないと、また内乱が……なんでしょうかね。なので清末だと、李鴻章は科挙を合格して、これまた科挙合格者の曽国藩の下、太平天国の乱の鎮圧で名をあげる人の一人だもの。

科挙の終わり

アヘン戦争が、清朝を変えた。形式に囚われた科挙では、必要な人材登用ができない。

科挙博物館

といっても、アヘン戦争の林則徐から太平天国の乱の曽国藩を経て李鴻章までかけても……なんだよなあ。

中国史と日本史を並べるとわかる。1840年アヘン戦争、1842年南京条約、1851年太平天国の乱(開始)、1853年黒船来航、1858年安政の大獄、1864年天京陥落(太平天国の乱ほぼ鎮圧)、1867年大政奉還、1869年五稜郭陥落(戊辰戦争終結)、1894年日清戦争、1895年下関条約

話はポンと中華民国に飛ぶけど、北洋軍閥ってあったじゃない。袁世凱の。北洋軍閥の大元は、太平天国の乱の鎮圧の時に李鴻章が集めた、淮軍です。日清戦争は李鴻章の北洋軍との戦争だった。このとき袁世凱は、李鴻章の部下の一人でした。

日清戦争で、洋務運動の象徴のような淮軍は壊滅し、洋務運動は挫折する。李鴻章は失脚したと言えど、清朝は李鴻章の幕僚を使うしかなく、袁世凱はしぶとく生き残り……

袁世凱はさておき、戊辰戦争から日清戦争まで、30年かかってないんだもん。明治期の日本人はすごい。これは確か。中国はアヘン戦争から20年のマージンがあったのにね……途中、地上の地獄、太平天国があるからね……

科挙博物館

甲午戦争とあるのは、日清戦争のことです。

そして康有為の戊戌の変法(立憲君主制に変える)は、西太后によって制圧される。それでも「科挙」は光緒帝の時代に終わる。

そのきっかけは日露戦争。

科挙博物館

日露戦争でしょ?日本とロシアでしょ?とか言わないでくれよ。あれは中国東北部と朝鮮半島の支配をめぐる、日本とロシアの戦争だった。袁世凱が裏から日本を支援したという話だけど。

これじゃだめだよな、ということで科挙を終わらせたのも袁世凱。

林則徐、曾国藩、李鴻章に康有為は最終試験まで合格してて、太平天国鎮圧からのしあがる左宗棠だって郷試は合格してたみたいなのに。袁世凱は落ちてる。その人がのし上がってきたところからも、科挙がこの時代に適合していなかった、ということでしょうか。

優秀な子を留学させたりするのだけど、科挙に合格した人だったり、そのための勉強をしてた人たちは少なくなかった。

科挙博物館

その後……

中華民国の公務員選抜試験。

科挙博物館

新中国というのは、中華人民共和国。

科挙博物館

そのほか、海外への、というところで日本に関してもあったよ。

秦淮河沿いを歩く

博物館を上がって、道を渡って反対側へ。こっちが元々の科挙博物館だったんでしょうか。こっちの入り口は撮影してるけど、人がいてね。クリーンアップ使ったらお化け屋敷か??という感じになって。割愛。

科挙博物館

この辺りは、売店と解説が少し。

運河というか、秦淮河の方にいくと、川縁をあるきながら、展示も観ながら、みたいな感じだけど、工事中でした。これが元々の博物館なのかな?と思ったわけよ。

科挙博物館

蘇州や西安ほどではないけど、南京もやっぱりコスプレして撮影してる人たち(結婚写真含む)が多少いて、雨の中でもやっぱり撮影してる人がいて、カメラマンがいろいろポーズの指示をしてた。

科挙博物館

もっとさ、柳の若葉が雨に打たれてるのなんかだったら「まさしく江南の雨季なり、いとあはれ!」なんだがねえ。

中国人って、情趣を探し出すのがすごく上手い人たちだと思う。結構あるんだよね、そういう雨の日の水郷の動画が。撮影地に多いのが、杭州、蘇州、そして徽州。南京というのは見かけた記憶がない。(南京で、そういう、雨の日の情趣を求めるなら玄武湖に行けばいいかも)

↓うーん、太湖石!なんだけど、なんで中国人はこういうのが好きなんだろうか。(よくわからん)

科挙博物館

出たところ↓

科挙博物館

出て撮影してたら、おじさんに「あそこは有料?」と聞かれた。「有料だよ。私はうーんと向こうで入った」と答えた。

南京ではあんまり道や乗り換えを聞かれないなあ、と思ってたけど、出発前最後の日に実績解除www

中国科挙博物館への行き方

地下鉄三号線の夫子廟駅から歩きました。そんなに遠くはないです。夫子廟そのものもすぐ近く。雨がすごく強くなってたのもあり、面倒よな、と思って夫子廟には入りませんでした。

夫子廟の前を通ってるけど、なんか春節か清明節関連の飾り(生成AIっぽい下絵で作ってそうなやつ)でゴテゴテしてる上に人も多いから割愛。

Copyrighted Image

error: コピペ禁止。
タイトルとURLをコピーしました