静海寺 jìng hǎi sì と 天妃宮 tiān fēi gōng は隣り合ってて、一緒に回れます。↓は天妃宮。

静海寺とは、南京条約の交渉をした場所
南京条約って通じます?……通じない人は、つ 山川 よん。
簡単に書きますとね。イギリスが清にアヘンを流行させ、僅差大臣林則徐によるアヘン取締り。イギリスはアヘン戦争を起こし、林則徐は朝廷によってパージされる。南京条約で香港割譲と五港の開港……
南京条約は1842年。日本ではちょうど水野忠邦による天保の改革の頃のことです。ペリー来航が1853年。
南京条約って船の上じゃなかった?と言う人はよくご存知で。南京条約の交渉をした場所が静海寺です。
元々は、鄭和ゆかりのお寺
静海寺とは。そもそもは鄭和の航海を記念して、永楽帝が、説と。永楽帝の次の皇帝によって鄭和が南京守備に任じられてからだ説があるらしいけど、とにかく鄭和ゆかりのお寺です。
静海とは、「四海平静,天下太平」だそうですが。清の時代に火事があったり、南京条約の交渉したり。日本軍による占領期に破壊されたりして、ようやく。という、明(の時代のものですら)建物はほぼ残ってないようなお寺です。ほぼ、南京条約資料陳列館みたいな。
長江は広いのよ
今回は鄭和の船を作った工場跡にも行きました。⇒宝船廠遺址公園(南京宝船廠遗址公園)で、鄭和の船を見る
南京は海に面してなくて、長江の下流域の中では上流部分にあたるのかな。地図で見ると、日本人的には十分内陸な気がするけど、そんなことはない。この日はここに来るまでに長江クルーズしてるんだけど、南京の長江ってこの広さだもん。

長江を中山埠頭から往復して、中山埠頭からバスで来たわけ。目的地は↓の山の上の楼閣の方だったんだけど、一緒に回りましょう、と。

お寺としては面白みはない。中の博物館部分の中に、往時のお寺のものがあったけど。

細やかな装飾!
南京条約資料陳列館
中英南京条約史実展。ああそうですよね。「静海寺」そのものが南京条約資料陳列館という博物館だと思ってくれればいいんだけど、開館は1990年。ただ、最近リニューアルしてるんだと思う。建物も新しくなってるんじゃないかな。太平天国歴史博物館よりもはるかに見やすいんですね。

https://baike.baidu.com/item/静海寺
↓英語では「屈辱から復活への長い行進」。中国語の「自強」は日本語話者が思うよりはもう少しマイルドというか。「自分で努力する」みたいな感じではないかなあ。

何を努力したんでしょうね?
一番最後の項目に飛ばすけど。香港を取り戻すことなんだろうな。

中国では「最終解決」という感覚なんだねえ。
さて、展示に戻るけど。これがアヘンパイプ(のレプリカ)。

中国は薬物犯に大変厳しいのね。このページを見てる人はそういう心配がほぼないタイプの方だと思うけど。最近多く出回るようになったCBD製品も含むからね。⇒海外旅行組、CBD製品に要注意。香港マカオ台湾中国ではシャレにならんことがあるよ!
そりゃそうです。Wikiの年表から、清末期を引用します。
1839年 – 林則徐、アヘンの密輸を取り締まり。
1840年 – アヘン戦争。イギリス、香港島を割譲。
1851年 – 太平天国の乱
1856年 – アロー戦争。イギリス、九龍を割譲。ロシアは外満州を割譲。
1874年 – 日本、台湾に出兵。
1877年 – 左宗棠、新疆の領土を回復。
1879年 – 日本、沖縄県を設置。琉球王国は滅亡。
1884年 – 清仏戦争勃発。フランス、ベトナム全土を植民地化。
1889年 – 張之洞、湖広総督となり洋務運動を進める。
1894年 – 日清戦争。清、朝鮮の独立を承認。台湾と澎湖諸島が日本に割譲される。
1898年 – 戊戌の変法
1899年 – アメリカのジョン・ヘイ国務長官、門戸開放を各国に通達。
1900年 – 義和団事変
1904年 – 日露戦争
1908年 – 宣統帝即位。
1911年10月10日 – 武昌起義
辛亥革命に至るわけよ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/中国の歴史年表
中国から見ればガタガタガタガタと、かつて大国だったはずの「清」が倒れていく、その一番初めのきっかけがアヘン戦争と南京条約。
アヘンが入り始めたときに、厳しく厳しく排除していれば……というifがあるんだと思う。

仏教寺院としてはは、一番上にあげた、あれだけではないかな。
天妃宮
実は目的はこっちだったんですよ。バスを降りて、静海寺を通り過ぎて天妃宮へ。ここは城壁の真下。こっちが城壁の外側。

鄭和は航海のたびに天妃宮にお参りをしていたのだということです。いいのか、イスラム教徒。
この天妃というのが、天后さまですよ。媽祖さまですよ。中はなんとなく、仏教寺院的。

そして静海寺との間に橋がかかってるんです。向かって右側が天妃宮、左側が静海寺。

これは、護城河。明の時代に作られたお堀です。この部分はすごく細くなってる。
工事中ですごく歩きにくいエリアだった。
私はバスで来たけど、地下鉄五号線の静海寺駅と言うのも存在する。
静海寺の隣に大規模モールがあって、この辺りは南京の市街地の中でも、再開発地区なんでしょうね。それで道路の拡張工事をしたり、地下鉄の九号線の工事をしてたりと、工事だらけなんです。

目的は楼閣なので、儀鳳門側に歩くんだけど、歩道が作ってあって、自転車と電動原チャが走れる道もあるんだけど、逆走電動原チャが歩道側に入り込むし、本当に歩きにくいったらありゃしなかった。
高徳などで工事してるかわかるので。行きたいなら工事が終わってから行くほうがいいと思う。工事してるのわかるよね。

今は工事でそのまんままっすぐ来れないみたいだしね。でもそもそもが地下鉄の駅と静海寺が2ブロック以上離れてるからね。さすがに1kmはないと思うけど、700mくらいあるんじゃないかと思う。
さすがに、奈良(県)の、長谷寺駅から長谷寺の、あれよりはマシだ思うけど。あれは手術した年のことだったけど、元気だったわぁ……
とにかくね、公共交通機関だけで移動しようとすると、南京は結構歩くし、南京は交通マナーが悪いので、工事中のところは本当に歩きにくいよ、と言う話。



