南京市博物馆は、南京市博物总馆を構成する博物館の一つです。他に私が興味があるのは、六朝博物館、太平天国歴史博物館、南京市民俗博物館。
南京市博物馆の英語名称は、Nanjing Municipal Museum。
月曜日が休館日。
25元。
朝天宫 cháo tiān gōng という明清の官式建物群にあります。ここなのよ……私が、太平天国の天朝宮だとばかり思い込んでた場所……それは、六朝博物館の近くの総督府だよ……太平天国期には、ここは孫権時代のように武器製造・貯蔵に使ったようです。

朝天宮とは
明の皇室の道場であり、貴族の子弟の習儀場だった場所です。

孔子おるやん?しかも左右対称の礼制建築ですよ?清の時代には文廟になったようです。礼制建築の「礼」は儒教の「礼」。儒教施設の建築様式、ということ。
↓は両脇にある。

実はこの場所、明以前からずーっと使われてきたところ。
この周辺は、金属の採掘ができたようでね、呉王夫差のときに金属の精錬をして武器を作ったのだ、とか。精錬=冶炼。それで、冶山と言ったのだとか。
https://baike.baidu.com/item/冶城/10469520
飛んで孫権のときにも同様に使われ、東晋の別荘ができた時に金属の精錬所が近くにあるのは健康によくありません(そうですね!)ということで、精錬所は清涼山の方に持っていかれたのだということです。清涼山って石頭城のところ。⇒南京石頭城遺址公園
その後、宋(南朝)のときに総明観になった。儒学館、玄学館、史学館、文学館の四つで四館。蔵書館であり、研究機関であり、教える場所でもあった、ということで大学的な?
南朝は鮮卑系の北朝(どんどん漢化するけど)に対して、正当な王朝はこちらであるとしたので、今でいうところの一種のプロパガンダ用の施設でもあったんでしょうかね。
https://baike.baidu.com/item/总明观/1438342
https://baike.baidu.com/item/朝天宫/13736
https://baike.baidu.com/item/冶山道院/2241739
その後も、ずっと道教と儒教がミックスしたような場所だったみたい。仏教的な要素は私がみたところにはなかった。
ということで。儒教を否定した太平天国に戻るけど。
万年書生や水飲み百姓まで含めて、中国既存の神々に救ってもらえなかった人たちのトップの洪秀全。その人の宮がこの「朝天宮」をひっくり返した「天朝宮」だったというのは、思うところがあるねえ。いやー、たまたまですよ、太平天国は「天帝のみを皇帝とする」、なので天がつくのはいいんだけど、朝がつくのは天の朝廷ということかしらね、もいけるけど。
同じ「天京」に「朝天宮」と呼ばれた場所がある/あったわけよ。わざとひっくり返して踏みつけて見せたんかな。いや、知らんよ、ほんと。太平天国については、⇒太平天国歴史博物館
建物に入る
山の斜面にある建物を一つずつ。初めに入った建物には、編鐘!

多分、これを演奏することもあるみたいです。湖北省博物館に引き続き、聴き逃した。⇒湖北省博物館で越王勾践剣
博物館部分
脇にある建物に人が入っていくので、ついて入ってみたら大正解で、ここが博物館部分だった。南京原人の展示から始まるけど、ここもケースが薄雲ってた。撮影に不向きなライティングだったというのはあるけど、そこはね。
南京は孫権から始まる

ですよねえ。
六朝博物館がどちらかというと、建業・建康の中流くらいの人の生活が浮かび上がるようだったのに対して、こっちは陶器の脇息など、上流くらいの人たちの生活かなあ。

陶器の脇息ってさ、そのままだと冬は冷たいよね?やはり布を巻いたりしたのかな。
出土物。

六朝博物館にはなかったけど、南京博物院にもあったような気がする。↓獣面の瓦当。

いやぁ。西安で散々見たのは漢までの瓦当だったけど、めでたい言葉が書いてあったり蓮みたいなのが描かれてたりしてたんだけど。獣面は見たかなあ。
鬼瓦の親なのかしら。
南朝の墓誌などあったけど割愛。
明と航海
隋唐から宋元も展示があるけどね。この場所は南京なので割愛して。明へ。
派手なものが出てくるけど↓は確か洪武帝の明孝陵より。

後がレプリカでこのように置かれてました、というわけだけど、この細工の細やかさよ。
瓦当は滴水瓦の写真もあった。で、日本語でググると朝鮮由来だというのがよく出てくるけど、元ネタはこちらかしら。秀吉の朝鮮出兵の後に、朝鮮由来で、というのはわかるんだけど、その起源が中国ではなく朝鮮半島??わかんないや。
↓は明孝陵ではなくて、大報恩寺より。

大報恩寺にも行きましたよ ⇒大報恩寺遺址博物館
↓は紫金山天文台にある古天文儀器のレプリカ。

宋・明の衣装と飾り
多分企画展だったんだと思うけど、宋・明の衣装と飾りに関する特集があった。
↓明の飾りのこの細かさ。

明だよねえ。
そして宋の服なんだけどね。撮影しにくいのは仕方のないことで。

見せたいのはこの辺り。模様の細かさ(手織りだからね)もさておき。裾の方なんですが

お分かりになりますでしょうか。
- 一枚の反物を切って、複数の布を組み合わせて一枚の衣を作り
- その後、継ぎを当てた
って感じがしません?引っかけたのかしら。これを見て、「わあああああああああああああ」ってなっちゃった。
清
それ以降は、あれ?太平天国ないぞ??と思っただけで頭から飛んじゃった。
↓うん!清ですね!みたいな。

急速に興味が薄れていくんだよな、清……
屋外で竹林の七賢
なんか頭がぼーっとしちゃったのを外で冷やしてたけど、屋外へ。
治山というだけあって。博物館は階段を登りながら進んでいくタイプだったので、気づいたら結構な高さまで登ってたんですよ。
もう少し登りましょ。

木蓮が咲いててね。この季節に木蓮が咲くんだ。
玉蘭とか、玉蘭花というのが、木蓮です。日本語では蓮、中国語では蘭になるから、違うんだねえ。
↓さらに上がれと?

無理。
竹林の七賢はこっち、とあったので登って降りて、してみた。

なるほどねえ、竹で作った建物なんだ。足が疲れたので、休ませていただきました。
鳳囚凰という、南北朝時代の中国ドラマがあるの。あんまり面白くなくて、南朝パートで挫折してる。
で。竹林で詩を読んだりする人たちがいて、イメージは竹林の七賢よね。
それがさあ、山の中に行くんですよ。竹林って平地にある竹林かと思ってたので、は!?!?と思ってたの。南朝パートの舞台は(南朝)宋。
こういうことかああああああと思ったわけ。ただし、本当に面白くないから、あのドラマ。要注意。
朝天宮への行き方とこの日のぶらぶら
このときはバスで行ったけど、地下鉄5号線の朝天宮駅から(ここは)近いです。
内部でそれなりに歩いて、階段を登ってから博物館部分に入るので、雨の日に行こうとするのはお勧めしない。
このあと、私はバスに乗って石頭城で城壁を登って降りて登って降りてみたいなことをして、宝船廠遺址公園へ行きました。



