宝船(たからぶね)って読んじゃうじゃない?廠とは工場の意味です。たからぶねこうじょう?って思うじゃん?そうじゃない。宝船とは鄭和の船の名前です。つまり、宝船号を作った工場の遺跡、と言う意味。

入場料は、20元。

日本語も書いてあるの。南京って結構日本語が書いてあった。
有料です。え!?と思ったわよ、ほんと。南京ってかなりいろいろんなところが有料でしてね。ただし市民の老人には無料らしく、下手くそなカラオケしてる人たちもいた。気持ちよさそうに、マイク使ってるんだが、下手なもんは下手で、耳の毒だった。
で、さあ。中国の博物館系は有料でも、常設展が充実してるところが多いし、日本人の目にはほぼ無料みたいなもんだから、中国人KOLみたい無料とか、台湾人KOLみたいにコスパにこだわる気はないのだが。20元だから約500円。西安の興慶宮公園(無料)の方がここよりもはるかに盛大に復元してるんですわよ。⇒興慶宮公園みたいなことを思ったのは認める。
博物館部分
ロープはさすがに新しく作ったんじゃなかろうかと思うけれど、木は発掘されたものだったと思う。釘(古ーい)とかあったよ。

南京で一番大きな南京博物院からしてそうなんだけど、南京の博物館って、ケースが薄雲ってたり、ライティングがあんまり上手くなくて読みにくいとかさ……みたいな。
公園部分
上の方にあげた公園の地図があったでしょう。3本の「池」があるんですね。これが、すっごい長さ。博物館よりこっちなんだよねえ。

↑端っこから端っこを写してる。
わーあ。
石頭城から来たんですわよ、私。足が結構痛い。なんだけどさ、歩きましたわよ。あんまり歩きやすくないんだけどさあ。
錨

錨は、やっぱりこういう形を選択するのかーと思ったり。(錨がそのまんまの復元かはよくわからんけど)
鄭和の一回目の航海は1405年。意欲に燃えるコロンブス。コロンブスのアメリカ大陸到達は1492年です。マゼラン(の船団)の世界一周は1519年から1522年です。なのでねえ、西洋の錨がそのまんま中国に来てるかどうかわからんし。西洋の錨が中国由来かもしれんし。東南アジア経由でムスリム商人が来てるからさ、そっちかもしれんし。
とにかく、ああ、こういう形を選択するようになるんだな、と思ったわけ。
天妃廟
鄭和は、航海のたびに天妃宮に行ったのだということで、ここに天妃廟が作ってありました。

天妃とは、天后・媽祖娘娘と同じだということです。おー!!!!媽祖さま!!!!
鄭和の行ったという、天妃宮も行った⇒
さて、戻りますよ。
宝船
目的の宝船。2006年に復元が完成したときには、博物館だったみたい。
https://www.recordchina.co.jp/b2843-s0-c30-d0000.html
しかしながら、今は中に入ることすら無理。

入れた形跡残ってるけれど。ぼろぼろでねえ。
もうこれってさ……幽霊船状態。
こういうことなんですわねえ、中国ってさあ。今後のインフラのメンテナンスは大丈夫かなと思っちゃうわけです。
行き方&この日のぶらぶら
この日は秦淮河沿いの1日です。まず、南京市博物館から石頭城へバスで行き、またバスでここまで来ました。合計9キロ歩いたみたい。
私はバスで行ったけれど、地下鉄で帰った。南京の博物館や遺跡は、あんまり地下鉄のアクセスが良くないんだけど、ここはいいと思う。
地下鉄4号線龍江駅から帰りました。龍江駅はこの宝船廠遺址公園から近いです。

