昼下がりになり、南京博物院を出て近くの明故宮へ。ここは南京にしては珍しく?無料です。明故宫遗址公园 もう一つの西安門は、明の皇城の門の一つです。
明故宫 míng gù gōng
明故宮とは
明の初めの都が、この地、南京応天府です。その頃の皇城があった場所です。明は永楽帝のときに北京順天府に遷都します。

初代の洪武帝は皇太子を早くに亡くし、皇太子の遺児を即位させる(建文帝)のだけど、結局洪武帝の息子の燕王との争いになるのね。結局、靖難の変で燕王が勝って、永楽帝になり、北京へ遷都。
統一した開国の祖がいて。その太子と最も統一に貢献した息子が別々だと……隋とか唐とかあったよねえ。同じことが明でも起きたわけよ。隋の煬帝も唐の太宗も、開国の父親の存命中にひっくり返したけど、明の場合は、警戒した新帝によって叔父が追い詰められて、みたいな。
……壬申の乱に似てるな
とにかく。永楽帝は、即位後すぐに遷都したわけではなく、南京にいて北京遷都の準備をしたので、靖難の変の後もここが宮城だった時期もあるんでしょう。
北京遷都後は、この宮城は打ち捨てられたようになり、火事で炎上したりして。一時期明の残党の南明が修復してる。清は康熙帝が修復してるけれど、太平天国が明故宮のレンガなどを使ったようで。建物はこの段階でなくなってる。
中華民国期には、滑走路になってるんですよ。
https://baike.baidu.com/item/南京故宫/2595598
小さな博物館がある
あれ?建物の写真の撮影をしてないっぽいですね。中には簡単な明史の解説と、出土物です。
↓瓦当と滴水です。よく見てよく見て。

↑龍!!!!
黄色と緑色のこの色はさ、朝天宮と同じじゃないの ⇒南京市博物館が朝天宮
それ以外は、公園です。泰天殿後だって。

↓こんな感じ

奥の方を……と思ったけど、どうも発掘か公園の整備か何かをしているようでした。
それで、南北が道で分断されてるのだけど、南方はま、いっか。みたいな感じです。
明故宮遺跡への行き方
私は南京博物院から歩いて行きました。帰りは地下鉄2号線の明故宮駅から帰りました。
ここは南京にしては珍しく?駅名とその駅が示す地が離れてません。このときは6号線の工事をしていて、これが開業するとますます便利になるんでしょう。
西安門
これは別の日です。
西安門は、明の皇城の門の一つです。
名前の通り、西側の門なんだけどね。うむ。

↑右側が微妙に見えるんじゃないかと思うけど、周囲をぐるっと回れるようになってます。ただただ、門が立ってるだけという状態なので。
近寄ってみると、下の方に模様がある↓

中に入っても↓状態があまり良くないのだねえ。

ピッカピカにしてしまうよりも、状態が悪いなりに現状維持という保存を選んだようです。交通に必要な門ではないので、そういう保存方法が取れたのかな。本当にやばい!となったら、立ち入り禁止にして修復できるし。
上がれるのかな?と思ったけど、上がれないようにしてある。

↓の礎石の大きなこと。この大きさを求める柱だからねえ。さぞ大きな建物が立ってたんでしょう。

西安門への行き方
このときは六朝博物館から歩きました。↓がそのときに渡った秦淮河。

その後、2号線の西安門駅から地下鉄に乗って、太平天国歴史博物館へ。
西安門駅と、明故宮駅はそれなりの距離があって、ああ広いのね、と思うけれど隣り合ってるし。博物館は行くけど、そこまで時間を取らないタイプ、もしくは体力がある人は、南京博物院から六朝博物館をハシゴして、さらに隣の総統府まで十分行ける距離だと思う。

